矢沢永吉の自宅住所は南麻布?赤坂?家の場所が横浜で画像は?実家は広島で愛車は

こんにちは!

今回は、伝説のカリスマミュージシャン、矢沢永吉さんについてお届けしたいと思います。

矢沢永吉の自宅住所は南麻布か赤坂?横浜は

1972年にロックバンドである『キャロル』を結成し、約2年という短い期間にも関わらず世間に強烈な印象を与えた矢沢永吉さん。

解散後はソロで活動を続け、熱狂的なファンも多数いらっしゃいます。そんな人気者の矢沢永吉さんですが、プライベートはあまり表に出さない印象ですよね?矢沢さんがご家族でどこに住まれているのか、調べてみました。

矢沢永吉の自宅は南麻布なのか

矢沢永吉さんの自宅について、調べてみると、自宅は南麻布なのではないか?との噂がありました。

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麻布地区は住宅街がメインの街となっており、富裕層が多い高級住宅街としても有名ですね。閑静な住宅地でありながら、渋谷や新宿などへのアクセスは15分程度ですし、永田町や目黒へも直通で簡単に行くことができます。
ただ、その分、物価は高く分譲マンションでも3000万~1億円といった高級物件と呼ばれるところも少なくなく、家賃も一ヶ月4LDKで200万円というクラスも多いようです。

とんでもない価格ですね。自宅の画像なども公開されているのでしょうか。

矢沢永吉の自宅(豪邸)の画像とインテリア

矢沢永吉さんの自宅内部の写真がこちらになります。

映画に出てくるような豪邸ですよね?!インテリアにもお金がかかっている印象ですね。

矢沢永吉の自宅の間取り?地下にライブハウス?!

誰がどう見ても間違いなく豪邸なわけですが、どんな自宅は間取りとなっているのでしょうか。

       

矢沢さんの自宅は地上4階建てとなっており、地下は3階まである豪邸として建築されています。1階は客間などに使用しているのか、2階から矢沢さんや家族が住むスペースになっているようです。

そして驚きなのは地下の部屋にはバーカウンターや約50人ほどが入ることのできるライブハウスもあるそうです。

さすが年収が4億を超えていると噂されるだけあり、自分やお客さんが楽しめる家造りをしたのかもしれませんね。

バーカウンターや、ライブハウスまで…Σ(゚Д゚)!!

かなりの豪邸にお住まいなんですね!!この辺りの土地は、1坪300万円は下らないので土地代だけで7億円。建物を合わせたら15億円は超える物件だそうです。これほどの豪邸の他に、赤坂にもスタジオを所有しているそうです。

矢沢さんは、まだ売れない時期から支えてくれていたすみ子さんという女性と結婚をしていましたが、その女性とは40歳の頃に離婚されています。

そして、離婚後は元モデルで日本人と米国人のハーフのマリアさんという女性と再婚されたようです。

恐らく、現在はこちらの豪華な自宅で一緒に暮らされているんでしょうね。ただし、色々情報はあるものの、流石に詳しい自宅の住所については公表されていませんでした。

一応、情報の一つとして、自宅は東京都港区の南麻布にあるとの噂でした。

矢沢永吉の家の場所が横浜?

矢沢永吉さんの実家は広島にあたり、広島から東京に上京してミュージシャンの道を歩む事になりますが、実は横浜はミュージシャンとしての矢沢永吉さんがスタートした重要な場所だったようです。

彼の自叙伝『成りあがり』によると、「広島出身の彼は東京に向かう途中、無意識に横浜で途中下車した」という。

まずは「矢沢さんが横浜に着いて最初に住んだ場所」である、弘明寺に向かうことにした。『成りあがり』によると「横浜駅で降りたあと、伊勢佐木町を歩いていると『ボーイ求む』という宿泊込の食堂の張り紙を見た。 

 応募すると弘明寺のアパートに入れられた」とある。  

 矢沢さんが住んでいたアパートのあった場所。

つづいて「川崎に住んでいた」と『成り上がり』の本文にあるので、当時の住居を探すことに。川崎在住のファンに教えてもらい、京浜急行のとある駅の近くに、昔住んでいたアパートを発見した。「のり江」という飲食店の店主に、当時の矢沢さんについて伺った。

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「ここの2階に住んでたよ。今から40年以上前この店をオープンした年に、矢沢さんと奥さんと子どもの3人で『住みたい』と頼んできた。その後奥さんの母も隣の部屋に住むようになったよ」とのこと。 

矢沢永吉さんは、横浜で最初の奥さんとお子さんたちと一緒に生活をされていたようです。

そして、離婚後も年に一度くらいは奥さんの元に挨拶に来られていたんだとか。離婚理由は他に好きな女性ができた・・とのお話だったので、女性としては少し不実なようにも感じてしまいますが、離婚後も矢沢さんなりの義理を尽くされていたようです。

矢沢永吉の実家は広島?

矢沢永吉さんの出身地といえば、広島県広島市ですよね。

矢沢永吉さんの有名な自著伝『成りあがり』で、生地は広島と書かれています。矢沢さんが生まれたのは昭和24年。広島へ原爆が投下され焼け野原になって僅か4年後のこと。お父さんは、原爆の後遺症により、体を壊し、他界してしまったようです。

そのため、矢沢さんは極度のおばあちゃん子だったんだとか。

矢沢の幼少期の素朴な疑問は、「どうして両親がいないんだろう」というおもいだった。じつは父は永吉が小学2年の時、おそらくは原爆の後遺症から身体をこわし亡くなっていたのだ(永吉の記憶の中にあるのは酒を飲み荒れていた父の姿が)。母はといえば永吉が3歳の時に家から蒸発してしまっていた。(その後20年ぶりに再会している。)そのため小学2年の時から高校を出るまでお婆ちゃんに育てられたのだった。

壮絶な幼少期を、地元広島で過ごされたようですね。

「成りあがり」という言葉の底には「貧乏」があって、矢沢さんは、小学校時代いつも空腹で、遠足の時の持ち物も月謝の時も他の子供といつも何かが違っていたのは「貧乏」だからだと、小学校4、5年になって気づいたそうです。

しかし、そこから成り上がってやろうと、努力した結果がスーパースターの矢沢永吉さんを生んだんですね!

矢沢永吉の愛車は日産でバイク好き!(画像)

矢沢永吉さんといえば車やバイクが趣味だということは、ファンにとって常識なんだとか!!男性で車が好きな人って多いですよね。

そして、矢沢永吉さんくらいの大物がどんな車に乗っているのかも興味がありますよね?

こちらの画像は、矢沢永吉さんが最初に買った愛車のベンツ。

音楽で「今ベンツ転がしてます」っていうのは1%もいないんじゃない?それは昔からそうだったし、だから「その1%の中に俺は入るぞ!」ってことで叫んでたんだと思う。

矢沢さんは、こんな風に大好きな車への想いをバネに、成功に向けて努力していたんですね!?

矢沢永吉の愛車遍歴

矢沢永吉さんには愛車にかなりのこだわりがあるようですね。これまでの愛車遍歴についても少し確認しておきたいと思います。

矢沢さんが氣志團万博へ登場した時に、楽屋からステージへ移動するのに凄まじい高級車に乗って舞台に向かったという出来事があったようです。

若い頃からベンツやポルシェなど、簡単には手が出せないような高級車を多く所有していた矢沢さんですが、この氣志團万博で使用した愛車もかなりの高級車だったのだとか。

ということはこの車が現在の愛車になるのか気になりますね。報道によればめったに見ることのできない高級車とだけ書かれており、明確な車種などはわかりませんでした。しかし、ライブにいた観客のツイッターにリムジンに乗っていたという情報がありました。

過去にもリムジンに乗ってライブに登場したり、別のイベントでもセンチュリーという車種に乗って会場入りした様子が目撃されていることから、氣志團万博も同じ車の可能性がありますね。

センチュリーというリムジンなので矢沢さん本人が運転をしているわけではなさそうですが、もしかしたらイベントなどへの移動用として所有している愛車なのかもしれませんね。

 
矢沢永吉さんの車の情報は、あれこれあって、こちらも矢沢さんの所有する愛車なのかは分かりませんが、こちらのお値段は、およそ5000万円するそうです。
また、この他にアウディ、ポルシェ、リンカーン・コンチネンタルなどを所有しており、矢沢
さんは最低でも車を6台は所有しているのだとか?
 
いかがでしたか?
 
今回は、ロック界のスーパースター矢沢永吉さんについて、お届けしました。

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