瀬戸内寂聴の自宅公開!住所は京都で豪邸で画像は?実家は仏具店?子供の現在は

今回はの瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)さんについてご紹介します。

瀬戸内寂聴さんといえば知る人ぞ知る小説家ですよね。そしてその恋愛に妥協をしなかった人生は女性ならば、どこかしらに憧れを持ちますよね。その中から生まれる名言も深いものがありますね。そんな小説家として大成功している瀬戸内寂聴さんの自宅はどこにあるのでしょうか。

またテレビでも取り上げられることも多いですが、ものすごい豪邸ですよね。実家に関する情報もあわせてまとめていきたいと思います。

瀬戸内寂聴の自宅公開で場所はどこ?

瀬戸内寂聴さんといえば作家としてたくさんの作品を世に生み出し、瀬戸内晴美の名で幅広い創作活動をしていました。

そんな中仏の道へ進み、活発な宗教活動・社会活動をしてきた方ですね。

以前、瀬戸内寂聴さんは「人生が変わる1分間の深イイ話!」にて自宅を公開していました。

自宅の敷地は500坪7LDKほどの大豪邸で、京都の曼陀羅山 寂庵(まんだらさん じゃくあん)寺院と言われていましたが、本当なのでしょうか?

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瀬戸内寂聴の自宅住所(場所)は京都の「寂庵」

瀬戸内寂聴さんの自宅は京都にあります。京都の嵐山にある「寂庵」を構えているため、自宅も近くにあるようです。

瀬戸内寂聴の家は総額2億の豪邸!自宅画像は?

瀬戸内寂聴さんの実家は噂どおりの大豪邸で、総額2億円とも言われています。

京都・嵐山に“寂庵”を構える御年95歳の瀬戸内寂聴を訪ねるのは後藤。500坪の敷地に7LDKという豪邸の佇まいに早くも圧倒される。初対面だけに緊張感満載の後藤だが、いきなり寂聴から日本酒を勧められてビックリ。
さらにお気に入りのバラエティー番組や、スマホに入っていた衝撃の顔面パック写真など、意外な寂聴の生活を知り、人生の大先輩にツッコミまくる。
今回後藤は、2017年大いに世間を賑わせた“不倫”ついて寂聴に質問。波乱万丈な人生を歩んできた寂聴は、「世界の名作っていうのは全部不倫ですよ」と、彼女の考える“不倫論”について後藤に語って聞かせる。
さらに荒れに荒れている“相撲界”についても厳しい一言を放つ。

僧侶ということで所得税なども払う義務はなく、収入がそのまま自身の懐にはいるような状態ですよね。

瀬戸内寂聴さんからしたら2億円など余裕で払える額なのでしょう。

瀬戸内寂聴の実家は仏具店?住所は徳島県?

瀬戸内寂聴さんの実家は瀬戸内仏壇店という仏具店を営んでいます。

1914年(大正3年) に創業され、徳島県徳島市にある商店です。

指物職人だっ瀬戸内寂聴さんの父・瀬戸内豊吉さんが創業し、出釈迦寺(四国八十八箇所73番札所)や徳島仏壇を製造しているようです。

こういった家庭環境もあり、瀬戸内寂聴さんは仏の道に進んだのかもしれませんね。
仏具店を経営している両親の元に生まれた瀬戸内寂聴さんですが、元々瀬戸内寂聴さんの両親は「三谷」という苗字でした。

その後、瀬戸内寂聴さんが小学生のころに「瀬戸内」という姓の親戚と養子縁組をしたようで、本人もそれ以降は「瀬戸内」という姓を名乗るようになりました。

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幼少期の瀬戸内寂聴さんは大変大人しい性格で本を読むのが非常に大好きな子どもだったので、小説家となった原点もここからなのかもしれませんね。
東京女子大在学中にはなんと21歳という若さでお見合い結婚をし、翌年に娘を出産、転勤になった夫に同行する形で北京に引っ越しました。

しかし、その後夫と娘を手放すことになってしまいます・・・

瀬戸内寂聴の子供の現在と結婚当時の旦那は

瀬戸内寂聴さんは1946年に旦那の教え子と不倫関係となり、夫と当時まだ3歳の長女を捨てて京都に移住します。

長女とは出家後に和解しているようですが、当時は絶縁関係になっていました。無理もないですね・・・

寂聴さんは大学時代にお見合い結婚した旦那さんが中国古代音楽史を研究する学者さんだった為、結婚後はすぐに北京へと渡って長女を出産しています。戦争が終わり日本へ帰国し寂聴さんの地元の徳島で家族3人で暮らしていました。
しかし寂聴さんは夫の教え子である青年と不倫関係になり、罪悪感からか自ら夫に不倫していることを告白するも、夫は当たり前のように激怒したそうです。
夫は寂聴さんと教え子が会えないように東京へ引っ越す事を決断。
しかし寂聴さんは不倫相手の青年を忘れる事が出来ず夫と当時3歳だった娘を捨てて京都へと渡ったのです。

そして、この不倫関係を知った瀬戸内寂聴さんの父親は大激怒。瀬戸内寂聴さんは実家からも縁を切られてしまいます。

夫と3歳の娘を捨てて不倫相手である青年の所に行ってしまった寂聴さんはその後、青年と再開し交際をスタートさせました。
しかし今度は妻子持ちの男性と不倫関係となり一時期は三角関係になっていたそうです。
やはり斉藤由貴さんの様に結婚していても他人をすぐに好きになってしまう体質だったのではないでしょうか。
その後、寂聴さんと青年の恋は終わりを告げ青年は事業に失敗して自殺。

瀬戸内寂聴さんは、「本当のね、恋の醍醐味は不倫ですよ」という、彼女にしか言えないような明言を残しています。

しかし、捨てられてしまった当時3歳の娘や元の旦那さんの事を考えるととても悲しくなりますよね。

そんな瀬戸内寂聴さんはその後、正式に夫と離婚をして(娘は夫が引き取る)東京で本格的に小説家になる事を決意しました。
当時小説家だけではなく修道女を志していたんですが、既婚者で娘もありながら他の男性と関係をもったという行状により教会側から修道女になることを拒否されてました。

瀬戸内寂聴さんは出家した数年後に娘さんと和解することができて、現在はお孫さんもいるそうです。

和解に至るまでは瀬戸内寂聴さんはかなり苦労したそうです。当然ですよね・・・

それもそのはず、娘は3歳で捨てられているのでそんな簡単に許すことはできませんし心の中では「なんで今更?」という思いがあったに違いありません。
酷い事をした母親を許した娘さんは本当に優しいと思います。寂聴さん側としては許してもらえただけでもありがたいことですよね。

許してくれた娘さんに、ただただ感謝ですね。

この辺で瀬戸内寂聴さんの紹介は終わりです。

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