三沢あけみの現在の年齢と若い頃の画像は?島育ちの歌詞?結婚相手と子供は | ページ 2 | 芸能人噂・経歴 恋愛事情 裏の顔.com

三沢あけみの現在の年齢と若い頃の画像は?島育ちの歌詞?結婚相手と子供は

三沢あけみは島育ち?

三沢あけみさんについて、調べてみると、関連ワードとして出てくる「島育ち」という言葉。

ここで、そのまま沖縄かどこかの出身なんだろうか?と思う人もいるかもしれませんが、三沢あけみさんの出身地は長野県伊那市。

 

「島育ち」ではなく、どちらかというと「山育ち」ですね(笑)

 

では、なぜ島育ちという言葉がでてきたかといえば、三沢あけみさんが「島」に関連するタイトルのヒット曲をもっていたからです。

島育ちは、奄美出身の有川邦彦作詞、三界稔作曲の「新民謡」として戦前の1939年に発表され、主に島内で歌い継がれていた曲。

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「島」の付く名詞には、奄美や沖縄といった南の地方を連想させるものが多いく、音楽で例えるなら、バタやんの『島育ち』に三沢あけみの『島のブルース』が知られるが、これらは奄美を舞台に作られた歌なんです。

THE BOOMが歌った沖縄が舞台の『島唄』は、日本全国以外にアルゼンチンでも大ヒットしています。実はこの時期、歌謡界には時ならぬ「南島ブーム」ともいうべき現象がありました。火をつけたのは昭和37年の田端義夫の「島育ち」の大ヒット。

長く低迷していた「バタヤン」こと田端義夫の予期せぬカムバック。[wikipedia田端義夫]はこう記しています。〈昭和30年ごろからはヒットが出ずに低迷の時期が続いた。昭和37年(1962年)、ポリドールから波平暁男の歌で発売されたものの奄美大島のみで歌い続けられていた「島育ち」(有川邦彦作詞・三界稔作曲)を、会社の反対を押し切ってレコーディング。

田端の地道な活動が功を奏し、「島育ち」は40万枚を超える大ヒット。
昭和38年(1963年)にはNHK紅白歌合戦に初出場した。

と言うわけで、調べてみた結果、三沢あけみさんは「島育ち」ではなく、「山育ち」で、過去にヒットした曲名も「島育ち」ではなく「島のブルース」であることがわかりました。

 

当時は、島ブームだったんですね。

とても素敵な曲なようなので、是非一度聴いてみてください。

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