三沢あけみの現在の年齢と若い頃の画像は?島育ちの歌詞?結婚相手と子供は

こんにちは!

今回は、歌手であり女優でもある三沢あけみさんについて、お届けしたいと思います。 

三沢あけみの現在の年齢

現在も現役の演歌歌手の三沢あけみさんって…歳をとらない事で有名なようで、60代の頃に40代位にしか見えなかったようです。女性にとっては、羨ましい話ですね!!

ちなみに、現在の年齢については1945年6月2日生まれなので、73歳になります。

三沢あけみの若い頃の画像

また、若い頃の画像についてですが、こちらになります。

下は昭和38年の「島のブルース」でレコード大賞新人賞を受賞した年のもの。

こちらが若い頃の画像ですが、かわいいですよね。今のアイドルとは一味違う感じがしますね。

着物の画像も素敵ですね。

若い頃の画像の三沢あけみさんは、どちらかというと美人系ではなく、健康的で可愛らしいルックスの持ち主だったようですね。

三沢あけみは島育ち?

三沢あけみさんについて、調べてみると、関連ワードとして出てくる「島育ち」という言葉。ここで、そのまま沖縄かどこかの出身なんだろうか?と思う人もいるかもしれませんが、三沢あけみさんの出身地は長野県伊那市。

「島育ち」ではなく、どちらかというと「山育ち」ですね(笑)では、なぜ島育ちという言葉がでてきたかといえば、三沢あけみさんが「島」に関連するタイトルのヒット曲をもっていたからです。

島育ちは、奄美出身の有川邦彦作詞、三界稔作曲の「新民謡」として戦前の1939年に発表され、主に島内で歌い継がれていた曲。

「島」の付く名詞には、奄美や沖縄といった南の地方を連想させるものが多いく、音楽で例えるなら、バタやんの『島育ち』に三沢あけみの『島のブルース』が知られるが、これらは奄美を舞台に作られた歌なんです。

THE BOOMが歌った沖縄が舞台の『島唄』は、日本全国以外にアルゼンチンでも大ヒットしています。実はこの時期、歌謡界には時ならぬ「南島ブーム」ともいうべき現象がありました。火をつけたのは昭和37年の田端義夫の「島育ち」の大ヒット。

長く低迷していた「バタヤン」こと田端義夫の予期せぬカムバック。[wikipedia田端義夫]はこう記しています。〈昭和30年ごろからはヒットが出ずに低迷の時期が続いた。昭和37年(1962年)、ポリドールから波平暁男の歌で発売されたものの奄美大島のみで歌い続けられていた「島育ち」(有川邦彦作詞・三界稔作曲)を、会社の反対を押し切ってレコーディング。

田端の地道な活動が功を奏し、「島育ち」は40万枚を超える大ヒット。
昭和38年(1963年)にはNHK紅白歌合戦に初出場した。

と言うわけで、調べてみた結果、三沢あけみさんは「島育ち」ではなく、「山育ち」で、過去にヒットした曲名も「島育ち」ではなく「島のブルース」であることがわかりました。

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当時は、島ブームだったんですね。

とても素敵な曲なようなので、是非一度聴いてみてください。

三沢あけみの結婚相手は歌手

三沢あけみさんは、実は以前に結婚されていました。結婚は1970年代。

三沢あけみさんが25歳の時でした。一時期は歌手活動に行き詰まった時期もあったようで、その頃に前後するようにご結婚されていたようです。

また、結婚されたお相手については、かなり情報は少ないのですが、どうやら同じ年の歌手であり、後輩であった男性とのことでした。

ご主人はいわゆる前座歌手だったようで、お父さんからは芸能人とは結婚しないことと、厳しく育てられていたため、不安があったようです。

また、結婚の年齢についても言われていたようで、女性は25歳までに結婚するように、言われていたようです。

三沢あけみの旦那は歌手から会社員に転向

しかし、そうした不安をお相手に伝えると、その男性は「あなたと結婚するためなら歌手は辞める」と、キッパリ言い本当に歌手は辞めて会社員になったそうです。ただ、お互いの関係は長くは続かず、少しずつすれ違いが生まれ、最終的には結婚生活8年で破綻を迎えました。

その間、流産なども経験していたようなんで、子供がいたなら結果は違ったのかもしれませんね。また、一部噂で歌手の「勝呂誉」または「勝三四郎」さんが三沢あけみさんのもと旦那ではないか?との記述を見つけました。

●三沢あけみ勝呂誉と結婚。妊娠するが流産。
芸能活動と主婦と掛け持ちで適当にやっていたら 、美空ひばりに「どっちかひとつに専念しなさい!」と一喝されて離婚を決意。現在に至る。
↓●へえ三沢あけみって勝呂誉と結婚していたの?大空眞弓との離婚のあと?↓●その前だと思われる。
↓●三沢あけみが結婚したのは元演歌歌手で国会議員私設秘書だった勝三四郎。でもいつまでたっても芽が出そうになくて、三沢が愛想をつかして別れることになった。
三沢から切り出した離婚だったので、慰謝料はゼロ。それ以降一度も再婚はしていない。

勝呂誉さんは確か歌手を辞めて一般のサラリーマンになっていた時期はないかと思われますので、お相手が勝呂誉さんというのは、ないかと思われます。

また、勝三四郎さんについては、三沢あけみさんが語った結婚相手のエピソードとわりと近い気がするので、お相手は勝三四郎さんだったのかもしれませんね。

 

こちらが、若い頃の勝三四郎さんです。

一度だけ1965年に「006は浮気の番号」というタイトルの映画にも出演されたようですが、それ以後は、俳優の仕事もされなかったようです。

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三沢あけみの子供の存在

先ほども書かせていただきましたが、三沢あけみさんは結婚当時一度妊娠をしていますが、残念ながら流産してしまったようで、今はご主人とも別れ、独身を貫いているため、お子さんは居ないものと思われます。

いかがでしたか?

今回は、演歌歌手の三沢あけみさんについて、お届けしました。



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